18.2.4. 情報の偏りと信憑性
インターネットの発達は、一般市民の情報発信とコミュニケーションを促進し、そして大量のデータをアクセス可能にしました。ところがこの事実が、新しい問題を私たちに突きつけるのです。
情報の偏り #
まず気をつけるべきは、インターネットで収集する情報は自然と偏るということです。情報収集の基本は検索エンジンによる検索ですが、検索したくないキーワードでわざわざ検索を行う人はいません。たとえばあなたが選挙で誰に投票するか迷っていたとしましょう。あなたは票を入れる可能性のある候補者の情報を調べるかもしれません。しかし票を入れる気のない候補者の情報をわざわざ調べようとは思わないのではないでしょうか?この時点で既に、頭の中では情報の取捨選択が起こっています。かたや新聞やテレビでは、ものによっては全体的な論調の方向性があるにせよ、自分が見たいと思うかどうかに関わらず色々な情報が飛び込んできます。この点が、自発的に情報検索を行うインターネットとは大きく違うところです。
SNS の場合はより一層の注意が必要です。たとえば国会議員選挙では多くの候補者や政党が Twitter, LINEや Facebook などのアカウントを作り、情報発信に努めまています。彼らは大勢の人からフォローをされており、SNS を通じて多くの情報が発信されたことは間違いないでしょう。しかしこうした SNS のユーザが、自分の支持しない候補者や政党をわざわざフォローするでしょうか?普通は、自分の興味のあるアカウントだけをフォローするはずです。SNS は情報収集だけでなくコミュニケーションにも使われるため、自分にとって目障りな情報をフォローしなくなる傾向が特に強くなります。ですので SNS を使った情報収集の際は、マスメディア以上にバイアスが強くかかりうることを常に認識しなければいけません。
情報の信憑性 #
インターネットで情報を収集する際にもう一つ気をつけなければいけないのが、情報の信憑性がどのように担保されるかという点です。インターネットを通して色々な人が情報を流せるようになった結果、情報の信憑性が危ぶまれているのです。そこで情報の信憑性を失わせるようなインターネットの特性と、それに対する対応策を考えてみましょう。
匿名性 #
インターネットは匿名性という特徴があります。インターネット上では、自分の身分を明らかにしないまま情報を発信できます。
匿名性には良いこともあります。たとえばインターネットの世界を使って、普段の生活とは全く切り離した新しい人間関係を築くことができます。また複数の人間を演じ分けることもできます。人によっては、こういうインターネットの使い方を非常に面白いと思うでしょう。
一方で、匿名性を使って悪いことができるというのも事実です。たとえばインターネットの上で誰かを誹謗中傷しても、それをやったのが誰であるかはすぐに分かりません。また上手くやれば、他人になりすまして人を騙すこともできるでしょう。こうした行為は当然禁じられており、犯罪ともなれば警察がプロバイダの通信情報を用いた操作を行います。しかし一般市民が匿名性に基づく悪意に対抗するのは、中々困難です。。そのため残念ながら、匿名性がしばしば悪用されます。
ちなみに匿名性の問題を裏返すと「インターネット上では、自分が何者であるかを証明するのは難しい」ということになります。たとえ誰かに向かって本名を名乗っても、相手はその名前が本物であるかを確認できないからです。この問題を克服するための技術として「電子証明書」というものがあります。電子証明については 14.7. 暗号化と電子署名 で簡単に説明していますので、適宜参照してください。
SNS を通した不正確な事柄やデマの拡散 #
情報の信憑性を考えるにあたっては、SNS の存在も見過ごすことができません。
SNS では衝撃的な情報が広まりやすい傾向があります。そして Twitter では ReTweet 機能, Facebook ではシェア機能のような、ほんのわずかな手間で情報を拡散できる機能が用意されています。そのため真偽が慎重に検討されないまま、情報が拡散されてしまうことがあります。さらに悪いことに、「真偽が不確か」どころか「嘘であることがはっきり分かるデマ」である情報でさえ、広まってしまうことがあるのです。
このことを端的に示す象徴的な出来事が、2011 年 3 月 11 日に起きた東北地方太平洋沖地震に伴う一連の災害時の Twitter の様子です。電話回線がパンクしてもインターネット回線は通常通り使えていたため、多くの人々がインターネットを用いて周囲の人々の安全確認や、今何が起きているのかの情報収集をしていました。この文章を書いている著者も、そうした人の一人でした。そして Twitter や Facebook といった SNS があったおかげで、震源に近い被災地の人自らが「助けが必要である」という事実を発信できたのです。このような情報は SNS を通じて一瞬で広まり、多くの人に届けられました。
一方で残念なことに、Twitter では震災に関連するデマが多く流れたのも事実です。たとえば震災当日、東京湾にあるコスモ石油千葉製油所で大規模な火災が発生しました。この火災の影響で「有害物質が雨と一緒に飛散する」という旨のつぶやきが非常に広く拡散されましたが、実際は
千葉県浦安市の公式 Twitter アカウントが否定 したように、この情報はデマだったのです。他にも放射性物質の飛散など色々な項目に渡り、間違いを含む情報やデマが Twitter 上を飛び交いました。こうした点では、SNS の悪いところが顕著に表れたと言えるでしょう。
震災の例から分かるのは、人々の善意によってデマの流行がもたらされることもあるという事実です。もちろん、悪い人の悪だくみによって流されるデマも存在します。しかし善意を持つ人が「有益な情報を知り合いに届けよう」などというつもりでデマを流してしまうことも、少なからず存在するのです。また「多少不正確かもしれない情報であっても、知らないよりは知っていた方がマシだろう」というつもりでデマを拡散してしまう人もいるでしょう。こうした心遣いは、決して責められるべきものではありません。
ただ残念ながら、たとえ善意に基づくものであっても、デマの拡散に加担するのは悪いことだと言わざるを得ません。もしあなたがデマを拡散してしまい、周りの誰かがそれを信じてしまったら、どうなるでしょうか?そのデマ自身が有害な情報を含んでいれば、もちろん問題になります。またデマそのものが有害な情報を含まず、単なる無意味な情報だったとしても、それを見た人が
- デマを信じてしまうことで正しい情報にたどり着けなくなり、結果として機会損失に繋がる
- (特に心配を煽るようなデマの場合)本来はしなくても良かったはずの心配をしてしまうせいで、心理的な負担がかかり、必要な場所に気が回らなくなる
などの問題があります。いずれの場合であっても、デマを信じること自体に害があるのです。したがってデマを流すことは、良くないことです。
信頼の構築 #
こうした問題点を踏まえた上で、私たちはどのように、インターネットで情報を収集すれば良いのでしょうか?
これは難しい問題ですが、情報源が信頼できるかどうかを確かめる癖をつけることが一つの対策に繋がるでしょう。たとえばテレビや新聞といったマスメディアでは、報道する内容を必ず検証しています。時には誤報が起きたり、あるいは「マスゴミ」などと揶揄されることもありますが、インターネット上にある発信元不明な情報に比べると圧倒的に信用ができます。専門的な内容であれば、関連する研究機関等の web サイトなども信用できるはずです。また最近では Twitter や Facebook のアカウントに「本物」であることを保証するマークがついていることがあります。こうした「本物」マークが確認できるアカウントからの情報も、信頼度が高いと言えるでしょう。
そしてもう一つ、情報の内容が正しいかどうかを自分自身で考えることも大事です。世間一般で「識者」とされる人であっても、人である以上、たまには間違ってしまうこともあります。また残念なことに、「識者」とされる人が自分の専門外の事柄について言及し、誤った情報を流してしまうこともあります。たとえ情報源がはっきりしている場合であっても、「怪しいな?」と思うことがあったら鵜呑みにせず、疑うことが必要でしょう。
このようにインターネットを用いた情報収集では
- 情報の出典が信頼できるかどうかを確かめる
- 情報の正確さを疑ってみる
という、相反する 2 つのことが同時に必要になります。そして「情報に対する信頼をどのように構築すべきか」という問題は現在も精力的に研究されている途上であって、万人が「この方法なら大丈夫」と同意する手法は知られていないように思われます。一般市民にとって、この状況は中々に過酷なものです。しかしインターネットにおける情報の信頼性に潜む問題については、高度な対処をするのは難しいものの、認識するだけなら難しくありません。問題を認識する程度の努力はしましょう。ほんのわずかな行動であっても、一人一人のインターネットユーザーが行動を積み重ねることが、情報の信頼性の向上に繋がっていくのです。