24.7. プレゼンテーションにおける話し方や振る舞い方
プレゼンテーションを構成するのは、スライドなどの資料だけではありません。話者がどのような話し方や振る舞い方が望ましいかをするかも重要な要素です。実際の場面でどうすべきかを考えてみましょう。
残念なことに、プレゼンテーション時に望ましい話し方や振る舞い方については、スライドの作り方と比べると確立された方法論がありません。スライドの作り方については 24.2. スライドレイアウトの原則 で説明されているような、基本的な事柄があります。これらの事柄は多くのプレゼンテーションやデザインに関する本の中で、共通して説明されていることです。ところが話し方や振る舞い方になると、本によって書いてあることがまちまちになり、さらに客観的な根拠に基づく記述が減ってきます。単に「プレゼンテーションの状況によってベストな方法は変わってくる」というだけの話でなく、最低限守るべき基準をはっきりさせることさえ困難になるのです。
しかし客観的に確立された方法論がないからといって、何もしないでよいかというと、そういうわけでもないでしょう。おそらく皆さんには、「悪い」と言えるプレゼンテーションを見てしまった、あるいはしてしまった経験があるのではないでしょうか?そのような悲劇は、なるべく減らしたいものです。また主観に基づく評価基準の中には、多くの人の同意を得られるものが存在するはずです。そこで、この節では
- プレゼンテーションに影響し得る要素を列挙すること
- 良いプレゼンテーションを目指す上で、参考になりそうなものを紹介すること
を行います。これらの材料を踏まえて、皆さんなりに良いと思うやり方を模索してください。
プレゼンテーションに影響する要素 #
まずは、プレゼンテーションをするにあたって考慮すべき要素の検討から始めましょう。
どのようなプレゼンテーションであっても、話し手と聞き手がいます。そして少なくとも、話し手から聞き手の方向には何らかの情報が伝えられます。その際、情報の伝達に使われるのは、大部分が人間の視覚と聴覚です。聞き手は視覚と聴覚の一方または両方を用いて、話し手から発せられる情報を受け取っています。ですから大多数のプレゼンテーションでは
- 聴覚的要素
- 視覚的要素
- 上記の二つの要素の連携
の検討が必要になります。これを順番に調べていきます。
聴覚的要素 #
聴覚による情報伝達は、話し手が発する言葉とそれ以外のもの (BGM や効果音) の 2 つに分かれます。そして話し手が発する言葉が聴衆に与える情報は
- 話される言葉の字面
- どのような調子で話されるか
で決まります。
話す言葉 #
まず、同じ内容を伝えるにしても色々な言葉の選び方があるので「どのような言葉を選ぶか」を考える必要があります。たとえば「ですます調」「である調」のどちらにするかが問題になります。これ以外にも、言葉を選べば格式ばった表現やくだけた表現など、色々な雰囲気が実現できます。プレゼンテーションをする環境によって、どのような言葉を選ぶべきか変わってくるでしょう。
また、本題とは直に関係しない話やユーモア等を入れるのも、場合によっては良いでしょう。たとえばユーモアを入れると、聴衆の気を引けるかもしれません。一方、会社内のプレゼンテーションで気難しい上司が目の前にいる場合などは、ユーモアを控える方が身のためです。状況によって方針を変えましょう。
話し方 #
どのような言葉を選ぶかと同時に、言葉をどのように話すかも重要な要素です。字面では同じ文章であっても、話され方によって意味が変わってくることがあります。
日本放送協会編『テレビラジオ新アナウンス読本』によれば、音声表現の基本的な技術には
- 抑揚
- 間
- 速度
- 調子の変化
の 4 要素が挙げられています。こうした要素を踏まえて
- 強調したい部分では、直前に少し間を取り、声を大きめにする(いわゆるプロミネンス、卓立をする)
- 聴衆に聞き取りやすい声の速度にする
などの配慮をして話をしましょう。逆に
- 疑問文でもないのに、やたらと文末にかけて語尾を上げる
- 聴衆が内容を聞き取れないほどの速度で話す
- どの部分も一様な調子で話してしまうため、どの部分が重要なのかを理解しづらくなる
などの行為は、典型的失敗例と言えるでしょう。ただ、世の中にはこうした「失敗例」というべき側面を極端に強調して売れたお笑い芸人もいたりします。失敗例が失敗になるかどうかも、時と場合によって変わるものです。
効果音や BGM #
場合によっては、プレゼンテーション中に効果音や BGM が付くこともあるでしょう。そのような場合は、話と効果音や BGM をどのように重ねるか検討する必要があります。
視覚的要素 #
続いて、視覚的要素を検討しましょう。スライドの作り方については、 24.2. スライドレイアウトの原則 で説明しました。そこでここではスライド以外の視覚的要素、すなわち話し手本人に焦点を当てた議論をします。
服装 #
プレゼンテーションにふさわしい服装は、環境によって全く変化するものです。一般的なことを言えば、フォーマルな場ではスーツを着るのが良いでしょうし、フォーマルでない場ではスーツを着ないべきでしょう。ただ、こうした一般論は必ずしも有効とは限りません。スーツ以外の正装がある場合や、あるいはフォーマルな場でもスーツを着ない慣習の人たちもいます。
姿勢 #
人が話をするときの姿勢も、聴衆が感じとる雰囲気に影響を与えます。たとえば胸を張ったような姿勢からは自信のある感じを受けますし、逆にうつむきがちで縮こまった姿勢からは自信がない感じを受けます。ですから一般的には、営業中のビジネスマンが縮こまっていたり、あるいは謝罪会見をする人が胸を張るのは良くないことだと言えるでしょう。ただ、これも一般論に過ぎません。中には「非常に素晴らしいことを非常に自信がない雰囲気で語る」といった芸風の人もいたりします。
こうした印象の問題に加えて、姿勢に関しては「発声がしやすいかどうか」という論点があります。会場がちょっと広い割にマイクがない場合などは、普段より声を大き目に出さないといけません。そのような場合は胸を多少開いて、息を深く吸えるようにする方が良いでしょう。
ボディランゲージやアイコンタクトなど #
話に合わせた身振り手振り、つまりボディランゲージも、プレゼンテーションに影響し得る要素の一つです。話の抑揚等に合わせた身振り手振りをすると、聴衆の聴覚と視覚の両方に訴えて内容を伝えることができるので、より強い印象が残るでしょう。また身振り手振りだけに加えて顔の表情を変えたり、うなずいたり、聴衆とアイコンタクトを取ったりすると、話の内容により感情が込められるはずです。
一方でボディランゲージに頼りすぎることも考え物です。聴衆が話し手を見ていなければ、ボディランゲージは全く無意味になります。また無理な動作を取ろうとして、話し方やスライド操作に支障が出ては、本末転倒です。
視覚的要素と聴覚的要素の連携 #
以上見てきたように、プレゼンテーションにおける振る舞い方には聴覚に関する要素と視覚に関する要素とがあります。そうすると次は「これらをどう組み合わせるか」が問題になってきます。
スライドに何を見せるか #
スライドで提示する情報は、当然何らかの意味で話の内容と関連していないといけません。話の意味と無関係な情報を見せることは、聴衆の注意をそぐだけです。極端な場合を想像してみましょう。たとえばお昼前のプレゼンテーションで「情報技術の動向について」という話がされている際、ずっと画面にカレーうどんの写真が写されていたら、聴衆はどう思うでしょうか?カレーうどんが嫌いでない限り、きっとお昼ご飯のことに気が行ってしまい、プレゼンテーションには集中できなくなるでしょう。これではスライドの意味がありませんね。
では、スライドには何を見せるべきなのでしょうか?それはスライドと言葉の関係で変わってくるはずです。具体的には
- スライドと言葉を連携させて話をする
- スライドの内容を言葉で説明する
- 言葉の内容をスライドで説明する
などのバリエーションが考えられます。このそれぞれに応じて
- 言葉と合わせて説明に使うもの(特に、写真や音声などのマルチメディアデータ)
- 言葉で説明するべきキーワードや図
- 言葉で説明する内容の要約、キーワードや概要を表す図
を掲載することになるでしょう。
どの手段が最適かも、話の内容で変わります。複雑な話をするときは、話のキーワードや全体図などがスライドに載っていると、聴衆の理解の助けになります。聴衆の感情に訴えたい場合は、言葉とぴったり合う写真を提示することが有効です。また場合によっては、スライドを消すことが有効かもしれません。スライドを表示していると、聴衆が話し手の声よりスライドの画面に注意を向ける時間帯があります。ですから口頭で話す内容に注意を集めたい場合は、スライドを消すとよいでしょう。
こうした点を考えながら、スライドで何を見せるか / 見せないかを決めてください。
スライドをどのように進めるか #
スライドで提示する情報を決めたら、それをどのタイミングで切り替えるかを考える必要があります。最低限「スライドの提示時間が短すぎてはいけない」とは言えるでしょう。スライドに載っている情報を聴衆が把握する前にスライドを差し替えてしまっては、聴衆が困ってしまいます。また、聴衆が常にスライドの方を見つめているとも限りません。こうしたことにも気を付けて、スライドを切り替える時間には余裕を持たせましょう。
一方、どの程度長く提示するかはスライドの使い方に依存します。上で述べたように、スライドに提示する情報は進行中の話の内容とぴったり対応することもあれば、それを補足している場合もあるなど、様々です。進行中の話と対応しているスライドであれば、話の区切りがつくまでスライドを変えられません。かたや話の内容を補足するスライドであれば、十分な時間が経過した段階で、話の途中でスライドを進めることも可能でしょう。こうした点を踏まえ、いつスライドを切り替えるか判断してください。
レーザーポインタなどの利用 #
スライド中にレーザーポインタや指示棒などの道具を使うと、特定の場所を指し示すことができます。またスライドショーを行っているスクリーン上にマウスカーソルを出しても、同じことができます。こうした機能は、どう使うべきなのでしょうか?また、どう使い分けるのが良いのでしょうか?
まず注目すべきは「スライド内にあるものを後から強調するには、スライドの外から指し示すしかない」という事実です。ですからスライド作成時には予期し得ないこと、たとえば質疑応答の最中にスライドの特定の箇所を強調するには、指し示すための道具が必要不可欠です。ですから質疑応答に備えて道具を準備しておくのは有益だと言えるでしょう。その上で、これらの道具の物理的な特性を検討すると
- レーザーポインタは遠くまで届く一方、光の点が小さいため遠くからだと見辛く、またブレずにコントロールするのが難しい
- 指示棒は手元の操作でかなり正確に位置をコントロールできる一方、届く距離に限界がある
- マウスカーソルはスクリーン上のどんな位置でも正確に指し示せ、目立ち具合はレーザーポインタと指示棒の中間程度である
という違いがあります。プレゼンテーションの会場に応じて、使い分けましょう。
一方で、レーザーポインタや指示棒の過度な使用は望ましくありません。人は一般に動いているものに注意を引きつけられますから、無意味にレーザーポインタや指示棒を動かしていると、聴衆の気が散ってしまいます。またレーザーポインタでスライドを指し示す際にポインタを振動させる人がよくいますが、中には「ポインタが振動すると酔う」と感じる人もいます。こうした道具は、適度に注意を引きつけられる程度に使いましょう。
そして、スクリーンを指し示す道具があるからといって「スライドは適当に作って、話ながら大事な箇所を指し示せばよい」という発想をするのは良くありません。たとえば会場が大きなホールだったら、スクリーンと会場の奥行の両方が大きいため、レーザーポインタも指示棒も使えません。加えて、レーザーポインタや指示棒は一時的にスライドを強調するだけです。使っている瞬間を聴衆が見ていないと、意味がありません。事前に話の中で強調する箇所がはっきりしている場合には、スライドを作る段階でその個所を強調し、スライドを見ただけで強調が分かるようにしておくべきです。そうすればレーザーポインタや指示棒よりもはっきりと強調ができ、スライドを見るだけで重要な箇所が分かるようになります。
参考になる(かもしれない)もの #
以上に挙げた点を踏まえて、プレゼンテーションを上手にできるようにするには、どうすればいいのでしょうか?
一つには、身近でプレゼンテーションの上手な人を探しましょう。おそらく友達、先輩や後輩、先生、上司や部下……などを探せば、きっと「この人はプレゼンテーションが上手だな」と思える人がいるはずです。そういう人を見習って「なぜ上手なのか」を考えてみると、非常に良い勉強になるでしょう。もし直接話を聞ける間柄なら、どこを工夫しているのかを教えてもらえると、一段と良いはずです。
身近でないところでも、たとえば企業が行う製品発表会などで、プレゼンテーションが上手な人を見つけることができます。たとえば Apple 社の CEO だった Steve Jobs 氏が 2007 年に行った、世界的にヒットしたスマートフォンである iPhone の初代を紹介するプレゼンテーションは非常に有名です。他にも家庭用ゲーム機のメーカーのプレゼンテーションには上手なものが多いです。というのも宣伝する対象が「ゲーム」なので、観客に「面白そう」と思わせるための最大限の工夫がなされているからです。一例を挙げるなら、任天堂の社長だった岩田聡氏によるプレゼンテーションには定評がありました。もちろん、ここで挙げた以外にも多種多様な企業がプレゼンテーションを行っており、それらの中にはインターネット上で公開されているものもあります。興味のある人は検索してみましょう。
次に「何らかのパフォーマンスに関するプロフェッショナル」に注目するのも、勉強になるでしょう。たとえば
- 落語の噺家
- マジシャン
- お笑い芸人
- 音楽家
- 演劇の俳優
- テレビのアナウンサー
などは、いずれも人前でパフォーマンスをすることのプロです。そして彼らと同じ芸を身に着けることは不可能にしても、「プレゼンテーションに役立ちそうな要素を学び取る」程度のことはできるかもしれません。プロの方法論は洗練されていますから、そうしたものを勉強するのは、役立つ可能性が大いにあると言えるでしょう。
そして最後に、練習することの重要性を挙げておきます。どんなにプレゼンテーションが上手い人でも、いきなり人前で上手にプレゼンテーションできたことはほとんど無いはずです。場数を踏んだり、練習を重ねるうちに上手になっています。また上に挙げたパフォーマンスのプロの人たちがプロである所以は、膨大な練習と経験に他なりません。ですから、練習は怠らないようにしましょう。